代表世話人挨拶

近年、研究不正事案が新聞を賑わせることが目立ちます。研究不正は「捏造fabrication」、「改ざんfalsification」、「盗用plagiarism」(いわゆるFFP)として定義・分類されています。また、研究不正はFFPだけではなく、その背後にはたくさんの「好ましくない研究行為(QRP: Questionable Research Practice)」が潜んでいます。2015年頃までには、FFP/QRPの防止を目的に『研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて』(2006年)、『研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン』(2014年)や『研究不正行為への実効性ある対応に向けて』(2014年)等の種々のガイドラインが整備されました。さらに、大学の研究所から少人数ラボまで様々なレベルにおいて、積極的に研究倫理教育が実施されています。それでも研究への疑義は今なお寄せられ、それに適切に対応できる研究者は多くありません。

なぜ、FFP/QRPに対して適切に対処できないのでしょうか。

個人的には、アカデミアにおける研究不正事案だけでなく、産業界のデータ不正事案に対してもいつも同じ感想を持ちます。不正を事前に防止できなかったことはいったん脇に置いて、不正事案(疑いレベルのものも含めて)が発生した後、その原因の検証になぜこれほど多大な時間がかかるのか、なぜまっとうな報告書が出てこないのか、という感想です。臨床研究における疑義であれば、監査証跡がしっかりしていれば疑義につながる経過を辿れるはずです。アカデミアで実施する臨床試験に企業治験ほどの監査証跡がなかったとしても、プロトコル、固定データ、解析用データ、解析プログラム程度が残っていれば、どこでなぜ不正が発生したのかを追跡することは可能なはずです。基礎研究の不正事案であっても、いつ誰が実験を行ってどういうデータが得られ、それをどのように加工して論文に掲載されたのか、その経過を辿ることにそれほどの困難性があるとは考えにくいのです。

不正の経過や原因を辿ることの困難性はどこにあるのでしょうか。それは端的には最低限の取り組みとして「データの追跡可能性を担保する」という考え方が身についていないからです。臨床試験でも基礎研究でも同じことです。「監査証跡」という概念が当たり前になりつつある臨床試験の領域において“追跡ができない”という事態の方がむしろ罪が重いかもしれません。

一方で、研究不正への対策として研究倫理教育が積極的に展開されるようになっています。様々な学会や研究会で非常に魅力的なプログラムが紹介されています。これらはある一定の効果はあると思いますが、それでも不正は無くなりません。それはなぜでしょうか。

ひとつは、いくら厳しく教育しても、あるいはどれだけ厳しいルールを作ったとしても、故意に不正を働こうとする者はいくらでも抜け道を探すからです。もう一つは、QRPの場合はうっかりミスや善意に基づくデータの改変などがほとんどであり、本人が倫理的な問題性を認識しないからです。「捏造しないようにしましょう」、「改ざんしないようにしましょう」、「盗用しないようにしましょう」の「3ない」運動では対応できないのです。倫理教育の限界はここにあります。

では何が必要か。それは、不正発生機序から考えることの重要性です。機序を考え、それにシステムで対応する、ということが必要なのだと思います。

研究倫理教育と研究品質管理教育はいわば車の両輪です。倫理教育に関しては素晴らしいコンテンツが充実してきています。我々は、この研究会でもう一つの車輪である「研究データ品質管理」ということに真面目に取り組んでみたいと思います。

2020年3月
代表世話人
国際医療福祉大学 未来研究支援センター
飯室 聡